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不登校と どう向き合うか

懸賞2012年 05月 05日懸賞

5月に入り、次第に こちらに いらっしゃる方 増えています。

学年が変わってから、不登校になられた お子さんや それ以前からの 子。
進学はしたものの、また 五月雨不登校が始まった子。

状況は様々だと 思います。


不登校の状態を一気に解決したい。
そのお気持ちは、せつないくらい 理解できます。

不登校の原因があってから 短期の場合なら、
解決も 早く済む事が あります。

ただし 始めに起きた感情が はっきりしてりない場合、
周りは 次に起こる感情である、

いらつく 
どなる 
泣く 
朝起きない
ゲームばかりに依存している
学校に行かない
学校に行こうと思っても、具合が悪くなる 

という
はっきり わかりやすい困ったと感じる状態だけを 見てしまうようです。


 
今回は、この ややこしい感情について 整理して行こうと 思います。

最初に起きた感情を、第一次感情といいますが、
まずは、そこに 注目してください。

 第一次感情とは、 最初の原因をつくった事に対しての、気持ちです。



例えば、

第一次感情のきっかけ
数学が難しくなってきて 学校にいくのが 億劫になって来た。
(ここでは なんとか自分を支えて 頑張っている。)


親の言葉*(早くしなさい。ぐずぐずしないで。など)

ここで 第一次感情から 次の 第二次感情が 起こります。
*怒り
*学校に行きたくない
*淋しい
*朝起きたくない 等々…



この例の場合の子どもの第一次感情の答えは
勉強に対して 不安。となります。


ここが 聴き出せれば、ただしい対処は、
塾へ行ってみる?
と、子どもへの不安を理解し、対処法を一緒に探る事が 出来ます。

しかし、ここに気が付かず 第二次感情だけを対処しようとすると、
(どうしてお母さんは頑張っている自分の事、理解してくれないんだよ!)
子どもが一番伝えたかったメッセージから はずれて しまいます。




この、一次感情を読み解くのは、かなり難しいと 思います。
なぜなら、すでにお子さんは 答えを言っている場合が 多いのですが、
親が 聴き逃しているだけだから、気が付けない のです。

例以外で、おのおの パターンはあると思いますが、
これからは まず、傾聴してみましょう。
簡単に 本心が 読み解けるようになると 思います。



まず、思いだしてください。



お子さんは あなたに どんな言葉で 言い返していましたか?



それが、不登校の原因 になっている事が 多いのです。
そこに 気が付けたなら、まずは第一歩 前進しました!




原因の第一次感情と、
不登校になってしまった きっかけの第二次感情 を 区別して、
まず分析してみてくださいね。

# by futoukou | 2012-05-05 14:40 | 私のうちのお話 あれこれ | Trackback | Comments(0)

アンガ―マネジメント

懸賞2012年 04月 24日懸賞

考える会で相談を受けている際、
皆さんが知らず知らずのうちに出てくる 感情 があります。

悲しみ、苦しみ、そして、ある対象者への 怒り です。

この対象者は、動けなくなった子ども本人ではなく、
自分よりも権力の強い 身近な人 だったりします。

この、怒りがあると、
なかなか問題が 解決されにくい事があります。

普通、原因があって怒りが生まれるのですが、
不登校や引きこもりで苦しんでいるご家族は、
怒りの上に、更に 悲しみ、苦しみが 覆いかぶさってくるんですよね。

だから、
厄介だったりします。


そこで、まず、怒りをコントロールして
絡みついた糸をほどいていけたらと思い、

アンガ―マネジメントを受講しました。


安藤 俊介 先生 直々の講義です(*^_^*)


# by futoukou | 2012-04-24 16:18 | 自己受容への歩み | Trackback | Comments(0)

離さず、離せず。

懸賞2012年 04月 11日懸賞

江戸時代の諺らしい。


   3歳までは肌を離さず

   7歳までは手を離さず

   13歳までは心を離さず

   19歳までは目を離さず


小学校や中学校で不登校になってしまった場合、考えてみようか…
手を離したのは、何歳だったか。


手を離すのが不安で、いつまでも握りしめていなかったか…
逆に、もう7歳なのだからと、小さい手を早々と離してしまわなかったか…



中学過ぎて不登校になってしまった場合、考えてみようか…
こどもの行動をどのくらい把握していたのだろうか…


なんでもかんでも行動を把握し過ぎて行動のすべてを管理していなかったのだろうか…
逆に、もう中学なのだからと、無関心だったり責任を負わせ過ぎていなかったのだろうか…




20歳過ぎの事は書かれていないけど、
20歳にもなったら、任せればいい。

何歳になっても 遅い事は無いよ。
本気でゆっくり向き合えば、
伝わるよ。


# by futoukou | 2012-04-11 19:10 | 自己受容への歩み | Trackback | Comments(0)

自由を求めて

懸賞2012年 03月 06日懸賞

お固い仕事して、自分の変化に気が付いて 
とまどってる自分が 笑える。

昔取った杵柄で、昨年は デイケアーで 
生活相談員 してました。

そこで、とても苦しかった事。
それが、昔の自分では 考えられない くだらない事。


玉ねぎ、ニンニク、にら ねぎ など は、
仕事の前日には食べてはいけない決まり。
髪型・色・髪留めの色の指定。
化粧の指定。
靴の指定。
ジャージ・セーターの色の指定。
掃除の細かい指示。

とにかく、こんなに決まりが 息苦しいものか。と…。
学生時代は 平気だった事が、とにかく、苦しくて 辛くて。

仕事自体は、まったく問題ないのに 
こんな事で 息詰まっている 自分の変化に、
じもりでつちかった自由ってやつか…と、ほくそ笑んで(フフフ)

わたし、自己解放しすぎたか???と、ウナダレテ


こんな時はなぜか ポジティブな私。


手当たり次第 友人に事の状況を相談しまくり
すっかり、私の思考は平常だと、
安らかな こころに 収まる。(へっへっへっ。)


んでもって、私が思考だけでは止るわけはなく、
その 仕入れた次なる道に 急ハンドル 車線変更。

今は来る流れに逆らわず、またまたカウンセラーの道に邁進中。

そこで、更に訪れた追い風。
とある講座のファシリテ―タ―への道。

とにかく、来るもの拒まず やってみよう。




# by futoukou | 2012-03-06 22:11 | 自己受容への歩み | Trackback | Comments(0)

誠実

懸賞2012年 02月 09日懸賞


ビリージョエル / honesty


学生時代 いつも聴いていた曲のひとつです。

孤独になった者のせつなさ、悲しさが、
たった一人の あなたの『誠実』 を求めています。



私たちは、家でも、学校でも、自分以外の人がいれば
必ずといっていいほど
裏切りに 出くわします。

辛い時は、すべての人が 敵に感じる事もあるでしょう。

そこで 誰か一人だけでも 信頼できる人がいるかどうかで、
その後のこころの 状況が 変わって来ます。

しかし、ひきこもり 不登校 の状況では、
なかなか 家族以外の友人 の存在は難しいもの。

お父さん お母さん、出番ですよ。

子どもに 何かを求めるのではなく、
子どもに 誠実に。

それだけで 子どもは 安定してきます。

# by futoukou | 2012-02-09 13:39 | 私のうちのお話 あれこれ | Trackback | Comments(0)

お久しぶりです☆

懸賞2012年 02月 09日懸賞

長い間 書き込みしてなくて 
それでも ここへいらっしゃってくださる方が 沢山いて、
本当に感謝です。(*^_^*)

どうしてるの?
やめたの?

なんて、連絡も頂きつつ、

とても とても いろいろあって、
なかなか ここへも こられなくて…(*^_^*)

一番の変化は、なんといっても 
震災のあおりを、私たちも 受けてしまった事でしょうか。

そんな こんなで、主催者が集まる事が
かなり 厳しくなりました。


いよいよ2月。
厳しい時が きています。

なんか 愚痴りたい方、
ここに メールでも して行ってください。

私たちは、いつでも あなた方の味方です。

# by futoukou | 2012-02-09 13:25 | 私のうちのお話 あれこれ | Trackback | Comments(0)

道標 に思う。

懸賞2011年 09月 02日懸賞

学生時代授業で習った 高村 光太郎。
その当時は、「早く授業、終わんないかな~」って、
なんとも 無邪気な かわいい わたし(^_^;)

これが 具体的に 噛みしめられるのは、
よほどの 苦労を した者か、
子持ちになってから、改めて 親の存在を思う時か・・・・・


道標の原文。

今のあなたなら、身に沁み込んできませんか?



僕から目を離さないで守ることをせよ  
常に父の気魄を僕に充たせよ 
常に父の気魄を僕に充たせよ  



感動の一説です。


私の周りでは、
こんなに素敵な 父親としてのモデル、いないのが残念。




道程

どこかに通じてゐる大道を僕は歩いてゐるのぢやない
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
道は僕のふみしだいて来た足あとだ
だから
道の最端にいつでも僕は立つてゐる
何といふ曲りくねり
迷ひまよつた道だらう
自堕落に消え滅びかけたあの道
絶望に閉ぢ込められかけたあの道
幼い苦悩にもみつぶれたあの道
ふり返つてみると
自分の道は戦慄に値ひする
四離滅裂な
又むざんな此の光景を見て
誰がこれを
生命(いのち)の道と信ずるだらう
それだのに
やつぱり此が生命(いのち)に導く道だつた
そして僕は此処まで来てしまつた
此のさんたんたる自分の道を見て
僕は自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ
あのやくざに見えた道の中から
生命(いのち)の意味をはつきり見せてくれたのは自然だ
これこそ厳格な父の愛だ
子供になり切つたありがたさを僕はしみじみと思つた
たうとう自分をつかまへたのだ
恰度そのとき事態は一変した
俄かに眼前にあるものは光を放出し
空も地面も沸く様に動き出した
そのまに
自然は微笑をのこして僕の手から
永遠の地平線へ姿をかくした
そしてその気魄が宇宙に充ちみちた
驚いてゐる僕の魂は
いきなり「歩け」といふ声につらぬかれた
僕は武者ぶるひをした
僕は子供の使命を全身に感じた
子供の使命!
僕の肩は重くなつた
そして僕はもうたよる手が無くなつた
無意識にたよつていた手が無くなつた
ただ此の宇宙に充ちみちてゐる父を信じて
自分の全身をなげうつのだ
僕ははじめ一歩も歩けない事を経験した
かなり長い間
冷たい油の汗を流しながら
一つところにたちつくして居た
僕は心を集めて父の胸にふれた
すると
僕の足はひとりでに動き出した
不思議に僕は或る自憑の境を得た
僕はどう行かうとも思はない
どの道をとらうとも思はない
僕の前には広漠とした岩畳な一面の風景がひろがつてゐる
その間に花が咲き水が流れてゐる
石があり絶壁がある
それがみないきいきとしてゐる
僕はただあの不思議な自憑の督促のままに歩いてゆく
しかし四方は気味の悪い程静かだ
恐ろしい世界の果へ行つてしまふのかと思ふ時もある
寂しさはつんぼのように苦しいものだ
僕はその時又父にいのる
父はその風景の間に僅かながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を僕に見せてくれる
同属を喜ぶ人間の性に僕はふるへ立つ
声をあげて祝福を伝へる
そしてあの永遠の地平線を前にして胸のすく程深い呼吸をするのだ
僕の眼が開けるに従つて
四方の風景は其の部分を明らかに僕に示す
生育のいい草の陰に小さい人間のうぢやうぢや這ひまはつて居るのもみえる
彼等も僕も
大きな人類といふものの一部分だ
しかし人類は無駄なものを棄て腐らしても惜しまない
人間は鮭の卵だ
千万人の中で百人も残れば
人類は永久に絶えやしない
棄て腐らすのを見越して
自然は人類の為め人間を沢山つくるのだ
腐るものは腐れ
自然に背いたものはみな腐る
僕は今のところ彼等にかまつてゐられない
もつと此の風景に養はれ育まれて
自分を自分らしく伸ばさねばならぬ
子供は父のいつくしみに報いたい気を燃やしてゐるのだ
ああ
人類の道程は遠い
そして其の大道はない
自然の子供等が全身の力で拓いて行かねばならないのだ
歩け、歩け
どんなものが出て来ても乗り越して歩け
この光り輝く風景の中に踏み込んでゆけ
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、父よ
僕を一人立ちにさせた父よ
僕から目を離さないで守ることをせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため




# by futoukou | 2011-09-02 18:52 | 私のうちのお話 あれこれ | Trackback | Comments(0)

運のいい生き方

懸賞2011年 08月 29日懸賞

一番 頼りになる 母の妹の長男で、私の従兄が、
重い病気にかかってしまった。

薬が効けば、25年もつかも知れない。
何もしなければ後、10年しかもたないらしい。
まだ40代。
そんな体で、私の母の心配をしてくれる。


私の叔母にあたる 従兄の母親も、辛そうだ。


息子がそんな状態の中でも、
私の母を、赤ちゃん時代育ててくれた親戚のおばさんと母に合わす為に、
叔母さんは奮闘している。


親戚の叔母さんというのは、私の祖母の妹にあたる。
もし再会できたら 33年ぶりとなる。


元気のパワー 受け取れたら いいな。


叔母さんが教えてくれた、死んだおばあちゃんが良く話していた事。

『誰かの為に誠意をつくしていたら、その人からは何もしてもらえなくても、
必ず誰か違う人から、助けてもらえるんだよ。』

(母も、同じこと、いつも言ってる。)


叔母さんは、その後に、おまけが付く。【さすが(*^_^*)ファンキー

『だけど、いつまでも辛いと思った事に しがみつくなんて、バカらしいわ。
死んじゃったら終わりなんだから、生きているうちに、自分らしく生きなきゃ。
やってみたら、何だって、なんとかなるんだ。
私をみなさい。』


確かに。  “とにかく 挑戦してみる 人”  は、幸運が巡ってる気がする。













# by futoukou | 2011-08-29 17:06 | 私のうちのお話 あれこれ | Trackback | Comments(0)

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