遠回り

人生はよく自動車に例えられますが、
本で読んで納得はしても、現実はそう単純に考えられないものです。

でも今日は、本当に納得しながら車を運転してきました。(^_^;)

というのも朝から用事があり、いつもの道を走っていました。
いつもの道ですから、無意識に曲がる道も体が動いてくれるわけです。

ただ、今日は違う事を考えながら走っていました。
それでも脳の指令がなくても無意識に行ける予定だったのに、
どこで間違えたのか、あらぬ方向へ出て来ました。


道が違うと気が付いた時には、すでに大分遠回りをしている様でした。
それでも私は動物的方向感覚と、空間認知力には自信があるので、
なんとかなる。とは感じました。

ただ、約束の時間に間に合うかが、私を焦らせました。


しかし遠回りの道で、沢山の新しい事を発見しました。
今度はここに遊びに来てみようなどと、
街道沿いにある建物を半ば見学がてら、走っていました。

とにかくジタバタ焦っても、時空を超えて元にもどるわけではないし。
遠回りも、楽しいもんだなぁ~と考えていました。
約束の時間に遅れそうになったらその時電話すればいいや。と、
気楽に考えられるようになっていました。


その時感じたのです。
問題を抱えている人って、
みんなこの車に乗っているようなものなんだろうなぁ。と。






例えば隣りで主人や口うるさい親が、
「早く元の道に戻りなさい。」とか…
「何やってんの!しっかりしてないから余計な時間がかかるのよ。」とか…
そんなこと言われたとしても、

今はこの道を進んで、目的地に行くしかないわけです。
行くしかないんです。この道で。

もちろん戻る事も出来ますが、
戻るには遠くまで来すぎてしまいました。

【横にうるさいのが乗っていなくて良かった。(^_^;)】

何を言われても「わかっているけど、少し黙っててよ。」しか、言えません。
私にしてみたら、この道を進めば行きたいところに行ける予定なワケですから。

意外と到着しみたら、時間もあまり変わりませんでした。
迷った道のほうが空いていたのです。


この車の運転手を、問題を抱えている人物に例えたら、
横で小言を言って心配しているのを、親に例えたら、
運転手にとってはよっぽど迷惑だろうな。
余計に緊張するし、
イライラするし、
自分で戻れるから、頼むから黙ってて。という気持ちだろうなぁ。




例えばこの車を運転しているのが、遊び盛りのご主人で、
横で奥さんが文句言ってたら、
早く降ろしたくなるかも知れないし、
イライラが募ってわざと蛇行運転する事もあるよね。
もしかしたら、我慢できなくなった奥さん自らが車を降りて
電車やタクシーに乗り換えの選択肢もあり。なワケで、


横に乗っている人にとっては、
「早く元にもどって。」と感じてしまいます。 
でも、すぐに戻れないのは仕方のない事。
運転手も本当は早く戻りたいワケです。
でも、道が違うだけで確実にゴール(運転手が到着すべき場所)に進んでいるのです。

ただ風景が違うから不安なのです。



余裕ができれば間違いの巧妙で、
新しい知識という副産物がおまけでついてくる。

それにおまけを楽しむ余裕のある人間性があれば、
後ろ向きだった相手はあなたに癒しを感じ、
振り向いてくれる可能性が増えるかも。な~んて感じます。



そして帰路は間違いなく帰宅して来ました。(*^_^*)
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by futoukou | 2010-06-25 14:36 | 自己受容への歩み

不登校・引きこもり・ニート問題を考える


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