鉄板仲間・自由な気持ちで大きく進め
2009年 09月 14日
ご存じ無い方は、ひとつ前のブログをお読みくださいね。
まるで魔法にかかったように、点と点が一つの巨大な絵を作り出していくような、そんな企画に自分でも驚きの連続です。
とにかく、鉄板しか無い状態から始まり、移動させる手段も、当日の人手も、ノウハウもそして予算もすべてゼロ。
そんな企画が成功したのは、点と点が実は不思議な繋がりをもっていた線であったからです。
鉄板と私の出会いと、連絡を引き受けてくれた桐パパさん。
そして、学校の作業の協力に集まっていた ええやんさんとマグロさんで
「トラックないねー」 と愚痴った時、「家なら運べるかもー」と、たまたま目の前に座っていて、そこで出会った東栄バスの関係のМさん。
きっと、必然的に主催者の目の前の、そこに座っていたのでしょうね。
実は、ここ自由の森学園にデキル君が入学した時から、そんな偶然が何度も何度も私の周りで起きていました。
このブログは不登校を対象にしています。
なので、ぺんぎんは極力在籍している学校の話題には触れないように作っています。
たまにしか登校出来ないお子さんを持つご両親にとっては、
学校を思い出す事さえ嫌な時もあるからです。
ただ、今回どうしても、お伝えしたくて、学校の話を、書かせてもらいますね。
辛い気持になってしまった方はごめんなさい。
入学式当日、電車を乗換の際、私は乗る方向がわからなくて
反対方向に連れて行かれました(そう、連れて行かれたのです。)・・・ぺんぎんは、電車が苦手なのです。
急いで次の駅で逆のホームにダッシュ。
東飯能からタクシーに乗り、「死ぬ気で飛ばしてください。入学式に遅刻してしまいそうなので」と、運転手さんに顔面蒼白でお願いしました。
なんとか間に合いクラスの教室でホッとしている私の元に
「デキルくんのまま~私わかる?」と来てくれたのが、
今回連絡の担当を引き受けてくださった桐パパの奥さん。
11年ぶりの再会でした。息子同士は同じ歳でした。
実は昔、同じマンションのその時の管理組合の理事長が桐パパさんご家族で、2軒となりに住んでいたのでした。
桐ママさんは昔とまったく変わらず綺麗でしたが、まさか・・・こんな山奥で、・・・の出会いに信じらせませんでした。
この自由の森には同じ出会いがまだありました。
当時不登校の件でそうとう弱っていた私の気持ちは、複雑な部分もありました。
はずかしいな・・・ という気持ちです。
でも、自己紹介でいろいろな人が「家は不登校で・・・」と語り始め、つられて私も同じように話したました。
とても、気が楽になり、誰も私達を変な目でみる人もなく、
デキル君だけではなく、親子でこの自由の森のみなさんに癒してもらっていた気がします。
ただし、自由の森学園は
たまにフリースクールでしょ?とか、不登校の子が行く学校でしょ?などと、聞かれたりしますが、
決してそうではなく、高校になると、なかなか単位をとるのが厳しかったりする訳です。
なので、留年したり、退学してしまう子がいる事は事実です。
家の子も、もしかしたら、後1年いたりする可能性があったりする事は否定できません。
でも、このような企画をする度に、本当に人とのつながりが暖かい事をこころから感じる事ができるのは、
この学校にいる親の思考にもよるところが実は大きいのではないか。と感じました。
ぺんぎんは大勢の人前に出るのが、大の苦手です。
ひとりだけ違う方向に向いてしまったり、無理して合わせて疲れてしまったり。
でも、『反対向いてていいから大きく進め~』と、ぺんぎんの周りの人達は応援してくれました。
デキル君はもちろん、反対向いて大きく進んで成長しています。
この生き方を制御しないで、ノビノビ伸ばしてくれたのは、
間違いなく、自森の父兄の思考が絶大なのです。 !(^^)!
その理由は、とにかく 親自身の居心地が良いわけです。
「大丈夫だよ~」という安心感の綿の中に包まれているような心地です。
実は、この親の居心地が不登校の解決への一番重要なポイントになります。
理由はそう、当事者であるなら、すぐにわかると思いますよ。(*^_^*)
では、長くなりましたが、鉄板のお話にもどりますね。
巨大鉄板は随分人も集まってくれました。
そんな仲間に入ってくださる方がまだいましたら、いつでもお待ちしています。
ご連絡くださいね。そこから幸せを感じられる事が始まると思いますよ。